正体不明のノスタルジーⅠ
以前にもお伝えしたが、筆者は基本的に孤独である。
そのような運命らしい。
うううん、否定しているのでは全くない、孤独が好きである。孤独を愛する。
この、“孤独”という一つの空間に一つの宝物ののようなものがあるのでご紹介する。
それを“得体のしれないノスタルジー”とでも言おう。それは、ずいぶん過去から形成されているものらしくて、
―
そこに実に、何とも言い表し難い感情が・・・
懐かしさ、悲しさ、侘しさ、感動・・・
そして、熱い想いもある。
そしてこれは僕のアイデアなんだが、僕の生まれた土地にも関連しているものではないかと思う。
その故郷というのは、北海道。
日本最北端にある、広大な土地だ。
歴史が浅く、開拓が行われてから200年にも満たない。
何か、日本ぽさがあまりなく、
決して昔話の舞台になるようなところでなく、どちらかというと北欧のような、遠い外国のようなところ。それも理由の一つなのだろうか。
田舎というか、だだっ広い原野という感じだ。
話がずれたが、“ノスタルジー”。
明確にこういうものだよ、と表現しづらいものである。だが敢えて感じたままの言葉で言わせてもらうと、
夕日が辺り一面に照らされていている。そこは実家の裏、畑。
母親がいる。麦わら帽子を被っている。そして近くには今は亡き祖母もいる。そして畑には、“グズベリー”が実っている。
これはそのまま採って食べることもができる食物で、元々は北ヨーロッパで実る果物として有名で日本でも北海道地方にしか実らない
ものらしい。
そしてその夕日と、母親の愛に自分は引きずり込まれいくようなのだ。が、同時に怖さもあるのだ。
どうしたものか。一瞬考えるが、ここは自然の流れに身を任せた方がよさそうである。
するとすると・・どこかの原野にワープしている・・・・・
ううむ、まるで物語のようだ。
“北海道”。改めて考えてみると何だか変わったところだ。
結局、筆者はこの土地が好きなのだろう。
本当に何か、得体の知れないノスタルジーな土地だと感じる。
日本で唯一無二の場所ではなかろうか。