“孤独”の先にあるもの
全く突然で申し訳ないが皆さん、“孤独”と聞いて何を思うだろう。
例えば、孤独=辛い、苦しい、地獄に突き落とされたような感じ・・・
やはりこういったイメージが多いことと思う。
しかし、結論から申すと、孤独の先にあるもの・・・それは、“快楽ドーパミン”なのである。
のっけから意味がわからないだろうが、筆者の場合はそうだ。
詳細を今から説明させて頂く。
発端は、基本的に筆者は幼少期より孤独であるということ。
口下手という訳ではないが、何かバリア張ってしまっているようなのだ。
学生時代から成人へ、そして現在まで変わらず孤独であり、
当初はやはり、それはそれは凄まじい苦しみであった。
しかし時が経つにつれ、ある時気づいたのだ。
― むしろ徹底的に孤独に浸ると、快楽になる ―
と。
まるで悟りを開いたかのようだ。
そう、必ずしも“苦しみ”は苦しいものではなかった。
これは強力なメリットだ。
勿論、人との交流も大切なのは言うまでもないが、筆者にはそれ以上に根本には“孤独”がある。
“自分は孤独だ”と思っている人へ ―
どうか今一度感じてみてほしい―
― 孤独は素晴らしいものである ―
と筆者は断言致す。
そんな人間も、ここに確かに、いる。